青森県中小企業団体中央会

黒にんにくによる地域活性化への取り組み事例
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黒にんにく

平成18年3月22日、「発酵ニンニクに強い抗がん作用」の文字が躍る新聞を片手に、私は興奮を隠せずにいた。青森のにんにくの歴史を変えるやも知れぬ「驚くべき研究成果」が、そこには記されていた。
「ブラック・ガーリック計画」。運命の日、壮大な物語は幕を開けた…

古川博志プロフィール

古川博志青森県中小企業団体中央会でNo1の黒にんにくマニア。
1975年岩手県花巻市生まれ。職場では存在感無い昼行燈。”農”や”地域のための仕事”となると動きが急に機敏になる、兼業農家の長男坊。

県産ニンニクのヌーベル・バーグを求めて~地域活性化と中央会の関わり~

平成18年3月22日。当時、八戸の支所勤務であった私は、「発酵ニンニクに強い抗がん作用」の文字が躍る地方紙「東奥日報」を片手に興奮を隠せずにいた。

3月13日に「陸奥新報」に「生より強い抗がん作用」、3月20日に「デーリー東北」に「がん細胞撃退に効果」として、その日で3回目となるその記事は、どうやら、がん細胞が移植されたマウスの実験で、生ニンニクを発酵させた黒いニンニクのエキスを投与したところ、がん細胞が消滅したということらしい。

青森県のニンニク生産量は全国の約7割、出荷量は実に8割を超える。この研究結果は、青森県産ニンニクの歴史を変える一撃になるのではないか?そう考えるともう居ても立っても居られなかった。

八戸支所長寺田一と私は、それまでの地域中小企業との関わりから学んだ「現場主義」を胸に地域資源の活用に向けた取組み「BG(Black Garlic)計画」を開始した。

「熱さ」との出会い

平成14年、私は青森本部から八戸支所へ転勤した。当時の八戸支所長は、寺田一であった。寺田所長とは、本部勤務時代に部長と職員という関係であったが、直接の仕事上の接点が無かったため、仕事のスタンス、考え方に接するのは初めてであった。

初めて一緒に仕事をした彼は、熱い男だった。

私の赴任時に寺田所長が手掛けていた仕事は、「建設業の新分野進出」であった。

八戸市の建設業界は、平成13年6月に大規模な談合事件が発覚し、県、市の物件へ入札参加ができない状況にあったものの、当時は今ほどには疲弊しておらず、業界の通常総会においても盛大な懇親会が開催される程であった。

しかし、今後確実に公共事業が激減するだろうこと、そうなってから新分野を企図しても難しいだろうことを予測し、大きく別けるなら(1)リサイクル産業、(2)介護福祉関係、(3)農業への新分野の可能性について、それぞれ勉強会を実施しているところだった。

この取組みは、八戸市や厚生労働省系の補助事業を用いる等で継続され、その後、平成18年度まで継続されることになったが、様々な企業との出会いと別れを経験させて戴いた。

代表例として、従来、塗装業を行っていた(株)ノザワのリサイクル事業分野への進出に関わらせて戴き、RPFや木質燃料の開発、また農業用プラスチックのリサイクル分野等の進出の度毎に、計画書の作成とふるさと財団、八戸市などへの補助金の申請、また、専門家を交えた検討も含め一緒に議論を交わした。

特に、木質燃料に関しては、廃木材をチップ化し、コンプレッサーを用いて、数度飛ばし、その飛距離で選別を行うという特有の手法を取るなど社長のアイデアは本当に面白いものだった。

ノザワには、寺田所長が発案した廃木材を用いたオガライトの開発という、企業にとっては、採算をあまり考えない“遊び”にまで付き合って戴き、その計画は、地元鉄工業者にストーブまで造らせるという徹底ぶりを見せた。原油高騰により、ガソリンスタンドから発注が来たのは後日談である。

社長の野沢博克さんは、南部弁の猛者で、津軽出身の所長も岩手出身の私も時折何を言っているか分らなくなることが多かったが、「これは中国に持っていけば、kg○○円になる。他であんまりしゃべらないでね」と、冗談めかして話す中にも、無駄になっているものをビジネスに繋げる感覚に鋭く、年商2億強程度だったその当時でも、大手製紙会社への提案営業によりRPFを納入する契約を取り付け、年商を3億、4億と伸していった。

「青森には良い素材が多いのに…」

我々の「建設業の新分野進出」は、野沢さんの成功などへの関わりという実績も残してくれたが、それらの成功に数倍する倒産、廃業の現場も目の当たりにすることになった。

「明日中に借入れができなければ廃業する」などの終末期の深刻な相談も多く、一緒に金融機関を巡る中、どうにもできないことに無力さを募らせた。自分の思いとは別に「中央会は当てにならない」と言われることも多かった。

建設業だけではなく、我々青森県中小企業団体中央会が関わる多くの地方零細企業は衰退傾向にあり、日々受ける相談は、金融機関への愚痴や景気低迷が根底にある同業者間の諍いが多かった。

所長と歩いた中小企業の「現場」は、様々なことを私に教えてくれた。つらくもあったが、企業の「成功」に関わることで、楽しさも同時に学び、それは「現場」に踏み込まなければ得られないという仕事への「熱さ」を所長から学んだ。

よく彼と議論した「八戸を元気に」「現場主義」というテーマは、青森に転勤した今になっても忘れる事はない。

彼の持論は「経済の地域間格差の要因の一つとして、経済の首都圏一極集中化があり、こうした地域経済の環境下で見直して行かなければならないものの一つとして、『地域で生産されるものを地域で加工し、域内、域外で消費する経済活動』『域内で価値を循環させる経済活動』を活発にしなければならない」というものであり、それは、私が弘前大学で高橋秀直農学部教授から学んだ「地域内再生産循環」そのものだった。

ステレオタイプなのかも知れないが、実現することができればそれは最高である。実現できていないからこそ、「青森には良い素材が多いのに」「素材供給県だからね」という議論も多く、青森が他県に比べて所得が低いことも事実だった。

こうした背景から、飯を食うのも、酒を飲むのも「地域」の店、買い物するのも「地域」の店。チェーン店は敬遠するという他人から見れば、かなり特殊で滑稽な生活を送ることになったが、それは持論を実現するためには、格好から入るという所長の教えでもあった。

笑い話なのかも知れないが、大学で学んだことを、同じ考えを持つ所長と一緒に実現したかったから、当人達は結構真剣だった。

BG(ブラックガーリック)計画

こんな中、平成16年に「黒ニンニク」と出会った。それは、田子町の企業を通じて、三重県企業から「田子のニンニクを用いて黒ニンニクを製造しないか」というものだった。

「黒ニンニク」そのものがどんなものか分らない我々は、三重大学の田口教授の写真入りのチラシと中国産のニンニクを加工したらしい黒ニンニクを見比べた。食べてみると、ニンニクなのに不思議と甘酸っぱく、「美味しい」とは言えないまでも不味い程ではない。何より今まで、調味料として僅かしか食べる習慣の無いニンニクが、下手をすれば数片食べられる可能性を持つ。チラシによれば、抗酸化力が生の10倍。「抗酸化力って何だ。」「今流行のアンチエイジングですよ。」の会話から始まり、事業化の検討がなされた。

数週間後、プラント建設とパテントの高さから製造技術の導入は見送ることになったが、この時の初動調査で、三重では、海洋深層水に浸けたものが最もポピュラーであること。すでに遠赤外線を用いたものや米糠発酵液に浸けたものがあること。また、県内ではJAとうほく天間が青森のニンニクを提供し、三重で製造したものを逆輸入、道の駅などで販売していることなどを知った。

そして最初の出会いから2年後の平成18年3月。私はマウスのがんを完治させたらしい実験結果が載った新聞記事を手にして、与えられたチャンスに心を躍らせていた。

『発酵ニンニクに強い抗がん作用』(東奥日報H18.3.22原文のまま)
ニンニクを熟成させてできる黒い発酵ニンニクの成分に、生ニンニクよりも強い抗がん作用があることが、弘前大学医学部保健学科(佐々木甚一教授)のマウスを使った動物実験で明らかになった。全国的に知られる本県産ニンニクのがんへの効能に、新たな期待が高まる。

実験ではマウスにがん細胞を移植。二日目と四日目、六日目にそれぞれ一回ずつ、発酵ニンニクから抽出した成分一ミリグラムを注射で投与、三週間後のがんの大きさを比較した。

その結果、マウス五匹に投与したケースで、二匹でがんが完治。ほかの三匹は、がんの大きさが比較対照群に比べて、約四割に縮小した。二回目の実験でも三匹でがんが完治。ほか二匹は、がんの大きさがほぼ半分となった。

生ニンニクを使った同様の実験では、がんの大きさは約六割と小さくなったものの、完治したマウスはなかった。

一方、試験管を用いた実験で、発酵ニンニクをがん細胞に直接触れさせてみたところ、がんに変化はなかった。発酵ニンニクの抗がん効果は、がん細胞に直接作用するものではなく、体内の免疫を活性化させたものと推測される。

佐々木教授は今年春で退職となるが「もし、実験設備があったら、今度は、発酵ニンニクを直接食べさせた時の効果を確かめる必要がある。ぜひ、実験したい」と話している。

発酵ニンニクは生ニンニクよりも、ポリフェノールが五倍、体力増強作用で知られる「S-アリルシステイン」が三倍に増加しているのが特徴。食感はドライフルーツに近い。』

これは、青森県産ニンニクの歴史を変える一撃になるのではないか?今まで所長と共に議論してきた「全ては地域のために」というテーマをこれまでにない規模で実現できるまたとないチャンスではないか。

まだ、肝心な黒ニンニクの製造方法も何も分らない段階ではあったが、地域に根ざした取組みがそうそう無くはならないこと、これまで見てきた企業の現場での無駄を省く試みや、「建設業の新分野進出」時に金融機関への返済計画を通して学んだ事業計画の作成方法など、今までの経験をこの「黒ニンニク計画」で昇華させることができないかと考えると黙ってはいられなかった。

我々は、この計画を「BG(ブラックガーリック)計画」と名付け、「現場主義」「地域主義」でやりきるため実行に移した。

青森県産にんにくのヌーベル・バーグを求めて

青森県は全国的にも有数のニンニクの生産地であり、計画実行時点の平成17年産野菜生産出荷統計(農水省調べ)によれば、全国のニンニク収穫量18,300tのうち、74.9%にあたる13,700tが当県で収穫され、同じく全国の出荷量11,100tに対し81.2%にあたる9,010tが当県より出荷されている状況にあった。

しかし、当時は、今日の中国産ギョーザ中毒事件発覚前であり、S、Mサイズ、Cランク等の所謂「裾物」ニンニクの価格は低迷し、中国を主力とする輸入ニンニクが26,217tと国内出荷量に対して2倍以上が流通しており、市場流通量に占める当県産の割合は24%に過ぎない状況であった。

こうした状況から、「裾物」を活用した「黒ニンニク」で地域活性化を目指した。

当然、我々が勝手に頑張っても黒ニンニクは完成しない。しかし、黙っていればこの発表を基に大手企業がサプリメント化するのは目に見える。そうなるまでに地域で何か土台を造らなくては今回も「素材供給県」呼ばわりされるという思いが我々を焦らせた。

実際に平成18年暮れから19年にかけて小林製薬、ファンケルなどの大手健康食品メーカーが次々と黒ニンニクサプリメントの販売に踏み切っている。

我々の計画では、当会の会員組合である「木崎野中小企業協同組合」及び「八戸流通トラック協同組合」の理事長会社が共にニンニクに関わる企業であったこともあり、この2社に打診を図った。

1社は木崎野中小企業協同組合の理事長会社である「(有)柏崎青果」である。当社は、青果卸が本業であるものの関連会社として廃棄物の収集運搬、中間処理を行い、循環型農業を実施するなど、もともと無駄を極力抑える「モッタイナイ」を生み出さない企業精神があった。

このため、ニンニクに関しても、Mサイズ以下やCランクなどの所謂「裾物」をどうするかが喫緊の課題であった。

また、もう1社は「八戸流通トラック協同組合」の理事長会社である「東北商運(株)」である。当社の代表取締役は地域ブランド「たっこにんにく」の田子町出身者であり、ニンニクに対する想いが強く、かつてニンニクのブランド化のため、私財を使って商標登録をしたいという相談を受けた過去もあったため、これに応えられないかという想いがあった。

黒にんにく勉強会

平成18年10月。弘前大学を退官され、盛岡におられた佐々木甚一氏を迎え、我々と2社による勉強会がスタートした。

佐々木博士は、生物活性(例えば、S-アリルシステインが生体に対し、どのような効果をもたらすか等)の第一人者であるが、黒ニンニクそのものの製法を知る訳ではなく、勉強会はどうやって造るかというところからの開始ではあった。しかし、博士による新聞紙上では語られることのなかった生物活性の仕組みを知ることで、これから造る黒ニンニクへの想いを新たにし、それ以上に氏のこれまでの産学連携の経験から、中小企業の商品に始めから完成品はないという話しに力づけられた。さらに、現場では企業と学者の間に入る者が重要である旨のお話までして戴いた。「現場力」を掲げて「BG計画」を遂行しようとするとき氏の話は本当にありがたかった。

柏崎青果は、中小企業の「機動力」をフルに生かせる企業であり、展開がすさまじく速く、柏崎進一社長自ら量産機の製造に携わり、2週間でプロトタイプの製造に成功した。プロトタイプの黒ニンニクはカチカチの石炭のような状態で食べることが難しかったが、2度、3度の試行錯誤により、平成19年1月には「美味しい」レベルに達することができた。

黒ニンニクの完成を待たずに、商品のパッケージ、幟旗、法被が既にできているなど、全てのスピードに、ただただ驚かされるばかりであった。

時期を同じくして、東北商運においては、子会社で休眠状態にあった「㈱スパン・ライフ」を黒ニンニクの製造販売会社として事業を再開。

スパン・ライフの展開は、スピードに重きを置いた柏崎青果の戦略と好対照であり、薬剤師資格を持つ東北商運の松山専務が主体となり、「味、食感」を大切にした独特の製法を取った結果、触媒に特徴を加えることで糖度60を数え、ニンニクとは思えない甘さ、食感を持たせることに成功した。現在に至るもこの特長を持つ黒ニンニクは当社のもののみである。

いずれにしても、柏崎青果はスピード重視の戦略により、平成19年の春から夏にかけて青森県内の交通要所、土産品売場に一気に販路を得た。

秋にかけては、黒ニンニクの市場に、複数の企業の参入もあり、平成18年の「㈲天間林流通加工」を“第一世代”とすれば、平成19年の“第二世代”として、岡崎商店(田子)、㈲柏崎青果(おいらせ)、青森第一食糧㈲(十和田)、㈱TAKKO商事(田子)の4社が台頭、またJAとうほく天間も独自に生産を開始するなど、いかに平成18年3月の佐々木博士の発表が県内中小企業にとってセンセーショナルであったかを裏付けた。

20%の狭き門

平成19年6月、「地域資源活用促進法」が施行された。

これまで「地域主義」を掲げ、それを実行に移しつつある我々にとって、この法の施行は“渡りに船”であった。
「BG計画」を発動させ、計画2社中1社は既に販路まで得るという良好な結果を得て、我々は、このタイムリーな法律に便乗することで計画の昇華を狙った。

上述のとおり、県内では既に5~6社が市場に参入する中で、今後はいかに「価格競争」を避け、安心・安全な商品を提供するため、適正な価格で品質の良いものを提供できるかが課題になると考え、「地域資源活用促進法」地域資源活用企業化コーディネート活動等支援事業への応募を行った。

どんなに、体に良く、魅力的な商材であっても、量販店などの“安い”売場で仕切値を抑えられ、戦いたくもない海外産との価格競争に引きずり込まれ、経営が困窮していく例は枚挙に遑がない。地方の中小企業と言えばなおさらである。

特に、「BG計画」においては、「青森県産ニンニク」を用い、「青森県内のメーカー」が製造する黒ニンニクを売り込むことで、域内の「生産者」「加工者」「消費者」が相互によい関係を構築すること、「産地の活性化」を狙いとしているため、間違っても安いからと言って中国産ニンニクで黒ニンニクを製造し、産地の矛盾を生むの愚を犯したくなかった。

だから「地域資源活用促進法」という「地域」の「資源」を活用することを応援する法律の制定施行は、法施行前から地域資源を活用したかった我々にとって、願ったり叶ったりであった。

ただ、同法の第一段階に当たる「地域資源活用企業化コーディネート活動等支援事業」もハードルは高く、全国から200件を超える応募が見込まれ、採択は40件程度と当選率20%の狭き門であった。

黒だけではない「琥珀にんにく」も登場

計画遂行のために、県産ニンニクでいかに優れた商品が製造可能であるかを、(株)ノザワの大手製紙会社への営業宜しく、東北経済産業局及び中小企業基盤整備機構東北支部へ説明した結果、両支援機関とも非常に興味を持って戴き、柏崎青果、スパン・ライフの両社を視察して戴く運びとなった。

この結果、平成19年7月の書類申請後、平成19年9月、203件の応募中41件の採択案件の中に入ることに成功した。

同事業は、国ではあくまで地域の資源を掘り起こす作業としての位置づけであったが、我々現場サイドでは、第一目標を県産品を売り込むための「宣伝」、第二目標を共通の課題を克服するための「組織の構築」に置いた。

事業名は、「県南ニンニクを用いた加工食品の開発」とし、上記のとおり、「裾物」が十分に活用されていない状況にあったことから、地域内で付加価値をつけることで、産地の活性化を図ることを命題とし、全14回の委員会と1回の試食会を実施した。

事業採択と事業開始は、平成19年11月、地方紙「デーリー東北」の一面に取上げられ、ブレイク中であった黒ニンニクの業界、関連団体、農家の方々に驚きを持って迎えられた。

「我が社も参加できますか?」「第1回はいつですか?」という電話の他、「中央会は協同組合の仕事が本分なのではないか?」「みんなで仲良くブランドづくりなんて、本当にそんな事できるのか?」とするアンチテーゼも戴き、世間的には少なからず「大風呂敷を拡げた」と評価された向きもあると感じた。

様々な評価はあったものの、平成19年12月5日、佐々木博士の研究内容を講義とした第1回委員会は、県内ほとんどの黒ニンニクメーカー、農業、小売業、青果卸業、菓子製造業等々あらゆる業界から60名の参加の他、多くのマスコミを動員し開催された。その後も委員会を開催する度、地方紙やテレビへ露出するなど、当初の目的であった「黒ニンニク」の広告宣伝効果は、期待通りに進んだ。

さらに、「琥珀ニンニク」と呼ばれるS-アリルシステインとシクロアリイン含量の多い新たなニンニクが青森県農産物加工指導センターで開発され、その琥珀ニンニクメーカーである田子かわむらアグリサービス㈲の参加も戴けたことで「黒だけではない」委員会として進めることができた。

農商工連携:青森県産にんにくを、青森県の企業が加工・販売

委員会は、佐々木甚一博士やデザイナーの栃堀道雄氏等を迎え、各々の講演と事務局である県中央会による毎回の事業の方向性についての説明という形で進めた。毎回アンケートをとり、一方的になるのを避けて開催したつもりだったが、後半は質疑が活発すぎて予定時間に終わらないことが多くなった。

委員会開催中も大切にしたのは、「現場」である。合間、合間を縫って黒ニンニクのメーカーへ足を運ぶ中で、各メーカーより相談を受けるケースが多くなった。薬事法への対応、商品開発のため連携先を探すこと、出来た商品を売り込む先を探す作業と営業の同行、新分野という意味での補助金獲得のための事業計画作成などである。

相談と解決を繰り返す中で、各メーカーにとって中央会が必要な組織となり得たこと、各メーカー共通の課題である薬事法への対応やトレーサビリティは共同で取組むことと考えた時、平成20年5月20日の委員会席上、任意団体「青森県黒にんにく協会」が発足した。

当時の会員9社のうち、柏崎青果は、財団法人21あおもり産業総合支援センターの「あおもり元気企業チャレンジ助成事業」の認定企業、青森県の未来を元気にする「ものづくり新世紀青森元気企業」としての県知事表彰、また、地元金融機関より「あおぎん賞」が授与されていた。

TAKKO商事は、国内の小発明を表彰する東久邇宮記念賞を授与され、テレビ朝日の「いきなり黄金伝説」に黒ニンニクチョコレートが取上げられるなどメジャーデビューを図っていた。

こうして、初代の会長に柏崎青果、副会長にTAKKO商事が就任し、『青森県産ニンニクを使用し、青森県内のメーカーが製造する「安心・安全」な黒ニンニク等ニンニク加工品の普及を促進するための活動』を目的に事業を実施していくこととなった。

これまで、八食センター(八戸市の市場型ショッピングセンター)における「第一回黒にんにく祭」を共同販売事業の第1弾として開始し、財団法人八戸地域地場産業振興センターに青森県黒にんにく協会として常設の販売スペースを確保、共同販売を実施している。

"TAKKO商事「田子の黒」 黒にんにく祭(八戸市・八食センター)
第一回黒にんにく祭の様子

また、共同宣伝事業の一環として、96(クロ)+229(ニンニク)=Power!と文字った黒ニンニクTシャツが当会同僚の佐藤と栃堀デザイナーの合作により完成、販売を開始。黒ニンニクソングや販促DVDも近々提案が予定される他、有識者による黒ニンニク認定委員会も設置される。

ヌーベル・バーグは始まったばかり

さらに、協会とは別に「地域資源活用プログラム」の流れに沿って、糖度60、黒ニンニクの食味に革命を与えるような味を持つに至った(株)スパン・ライフの最高級黒ニンニク「大黒果実」が「地域産業資源活用事業計画」として平成20年7月に東北経産局、東北農政局より承認を得た。味に拘り続けた松山専務の努力が報われた結果である。

我々は、県知事表彰から地域産業資源活用事業計画の認定に至るまで、取組みのほぼ全てに関与。始めた時は2人だった「BG計画」は今日では10社、1中央会となった。

黒にんにく協会は三村青森県知事への表敬訪問を終えるなど、平成20年9月~10月は、特に黒ニンニクがテレビ放送される機会が多かった。

黒にんにく 琥珀にんにく青森県知事と黒にんにく協会

黒ニンニク業界の動きをつぶさに見てきた佐々木博士からは、『ニンニクは古代エジプト時代から健康維持のために用いられてきた歴史的な経緯がある。そして今、ニンニクの分野に「黒」「琥珀」という新たなる動きが出はじめた。私はこれを「にんにくの進化」と呼びたい。このヌーベル・バーグの中で先取的な役割を演じているのが、わが国におけるニンニクの主要産地である青森県であることは喜ばしいかぎりである。』との言葉を戴いた。

ゴダール・トリュフォーをはじめ、1950年代後半からフランス映画界に現れた映画監督の一群が巻き起こした新しい波を比喩に使われて、大変恐縮に感じたが、まだヌーベル・バーグは始まったばかり。青森県黒にんにく協会の仲間はもとより、我々事務局としてサポート役を預かる中央会も共に最前線に有り続けたい。

我々の「立ち位置」

朝日新聞の記事に「商工会議所、商工会の必要性」として掲載されたとおり、我々商工団体の必要性を問う声は大きい。

だからこそ、今回の「BG計画」では「丘にあがり、現場とのギャップを感じさせるだけ」の「支援」や「勉強会」だけはしないようにしようと誓って挑んだ。

多分、単なる勉強会では、協会は設立されなかっただろう。勉強会と勉強会の合間に現場へ向かい、「お前の委員会にはここが足りねぇんだよ」という部分の聞き取り、また、それぞれのメーカーの現場に入りこみ、加工のために必要なパートナー探し、出来た商品の売り込み、徹底したマスコミに対するPR、国、県を始めとした中小企業支援機関への完全に事業者側に立った働きかけ。

組織作り以前に個々の企業支援が現場レベルでできたことで、「あいつが一生懸命言ってんだから仕方ねぇな」と言う意味もあって立ち上げて戴いた面がある。だからこそ、協会のみんなのために、業界のためにもっと頑張りたいと思う。

我々、商工団体の多くは、踏み込みすぎる事が許されない部分があるように感じる。自分自身、協会を設立したとき、個別企業への支援には思い切りが必要だった。しかし、国や自治体の支援策を用いるとき、我々が加工せず、誰がそれを加工するのか。なぜ、今になってハンズオンという言葉がでてきたのか。

地域のための仕事に、一歩引いた支援はいらない。各メーカーの黒ニンニクがそれぞれの個性を持つように中央会職員も個性があって然るべきだと思う。

黒ニンニクの取組みはまだまだ過程の中にあるが、こうした意味で、我々商工団体も変化のヌーベル・バーグの最中にあるのかとも思う。

今回の計画遂行時、同じ「地域のため」という志をもって取組みを行っただろう「せんべい汁研究所」の木村さんや燕市商工会議所で展開する「磨き屋シンジケート」の高野さんは、非常に刺激になった。当人は知らないと思うが本当に感謝したい。

そして何より、黒ニンニクという現場を与えて戴いた青森県黒にんにく協会の皆様、そして、私の仕事のルーツとなる「現場でのやり甲斐」を教えてくれた八戸支所時代のお客様、中小企業の経営者の方々に感謝したい。

そして、仕事への「熱さ」「踏み込むこと」を伝えてくれた寺田元所長に感謝したい。

連絡先

〒039-2127
青森県上北郡おいらせ町木崎158
木崎野中小企業協同組合内
協同組合青森県黒にんにく協会
電話 0178-56-5317
http://www.96229jp.com/

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